御柱祭の紹介


【上社】

●山出し祭 (平成10年4月3・4・5日)

「御小屋の山のモミの木は、里に下りて神となる…」甲高い木遣りの声と共に、切り出されるモミの巨木。3月、まだ雪深い八ヶ岳の山裾で、御柱の伐採が行われる。
実はこれより2年前に御柱の仮見立てが、前年に本見立てが行われ、本宮一〜本宮四、前宮一〜前宮四の御柱となる木を決定するなど、2年前から準備は進められている。
4月、原村の綱置場に勢揃いした8本の御柱が、木遣りと共に曳き出され、いよいよ山出し祭が始まる。
龍の角を思わせるメドテコにおんべを持った若衆を乗せ、ゆっくりと進み、穴山の大曲の難所を通り抜け玉川の子之神社(ねのかみしゃ)で一晩を過ごす。
翌日、子之神社を出発した御柱は、長峰の段差約30m、斜度約30度の断崖に到着。
「ここは木落しお願いだー」の木遣りを合図に、次から次へ地響きを立てて急坂を下る。
美声を震わす木遣り衆、男綱、女綱、命綱の曳き手、意気を張るメドテコ上の若衆、皆の息が合い、見事に下る御柱。
見守る数万の観衆から、いっせいに拍手と歓声が沸き起こる。
この木落しでホッとしたのも束の間、次はやはり難所の川越しが待ち構えている。
冷たい雪解け水を集めて流れる宮川で、曳き衆はずぶ濡れになりながら御柱を川に曳き入れ、対岸に上げて行く。
そして清められた御柱は安国寺の御柱屋敷に揃えられ、山出し祭は終わり、里曳き祭まで1ヶ月の眠りにつく。

●里曳き祭(平成10年5月3・4・5日)

風薫る5月の初め、安国寺の御柱屋敷に上社本宮より古式ゆかしい装束で舟形の輿を担いだ御柱迎えの行列が参り、里曳き祭が始まる。
このお船を先頭に、本宮一から再び曳き出される御柱、練り歩く騎馬行列、長持ち、花笠踊り、竜神舞い。勇壮な雰囲気の山出し祭とはうって変わり、安国寺から上社前宮、本宮へと向かう御柱街道は人の波で埋まり、華やいだ空気に包まれる。
御柱祭は江戸時代から一般民衆も参加して行われるようになったが、騎馬行列をはじめとするこれらの風俗は、当時の様子を今に伝えている。
御柱は本宮、前宮にそれぞれ曳きつけられ、いよいよ祭りのクライマックス「建御柱」を迎える。
まず、メデテコをはずした御柱は、先端を三角錐状にそぎ落とす、冠落しが行われワイヤーやロープを張り次第に巻き上げていく。すると、御柱はじりじりと頭をもたげはじめ、血気盛んな若衆を乗せたまま、ついに直立。
祭最大の見せ場を一目見ようと集まった大観衆からは拍手喝采が巻き起こり、いつもは静かな社の森に響き渡る。
こうして本宮、前宮それぞれ社殿の四隅に御柱が建てられます。
そして、翌日には一之御柱のもとで、御柱の根本を大槌で打ち固める神事が厳粛に執り行われ、2ヶ月に及ぶ大祭は静かに幕を閉じる。

【下社】

●山出し祭 (平成10年4月10・11・12日)

「奥山の大木、里に下りて神になる…」霧ケ峰の中腹、東俣の国有林に響き渡る木遣り唄。この第一声から始まる下社の御柱伐採は、上社と異なり前年に行われる。
また、仮見立ては3年前、本見立ては2年前と、これらも上社より1年早く行われ3年も前から準備を進めている。
4月中旬、上社の山出し祭の1週間後東俣大平に居並ぶ御柱。ここより下社の山出し祭が始まる。
木遣りにあわせて、氏子たちが掛け声と共に自ら打った綱を曳き、上社と違いメドテコのない御柱がゆっくりと細い道を動き出し、次第に下社御柱の最大の見せ場である木落し坂へと近づいていく。
100mにも及ぶ斜度35度の坂。ここが天下に知られる木落し坂。
命知らずの若衆を乗せた御柱が木落し坂の頂上に顔を出すと、坂下の砥川の河原に集まった数万の大観衆からどよめきが沸き上がり、そして皆が手に汗握り、固唾を飲んで見守る中、巨木は土煙を巻き上げながら一気に坂を駆け降りる。
振り落とされまいと必死にしがみつく者、振り落とされて坂を転げ落ちる者、滑り落ちる御柱に飛び乗る者、「諏訪の男の度胸だめし」にふさわしい、勇壮な場面が繰り広げられる。
2日間にわたる木落し終えた御柱は街道を下り、注連掛(しめかけ)へ曳きつけられ、里曳き祭が始まるまでの1ヶ月間、木落しの疲れを癒すかのように静かに安置される。

●里曳き祭(平成10年5月10・11・12日)

注連掛に安置された御柱が再び動き出す里曳き祭は、新緑が輝きを増す5月中旬、やはり上社の里曳き祭の約1週間後。
まず前夜、下社春宮で古式にのっとり遷座祭が執り行われる。
里曳き祭の初日には、秋宮から春宮に向けて御柱行列が差立てられ、騎馬行列、長持ち、笠踊りなどが祭に華を添える。
この御柱行列は、上社の御柱迎えと同様の意味を持つもので、馬に乗ったかわいい子供の殿様を中心に進む奉納騎馬行列などが観衆の注目を集める。
春宮の御柱は初日の正午ごろに境内に曳き入れられ、御柱の先端を三角錐状に削り落とす、冠落しの後、建御柱が行われる。
また、秋宮の御柱は二日目と三日目に境内に入り同様に冠落し、建御柱が行われる。
幾重にも綱を張り巡らし、昔ながらの車地(軸に綱を巻きつけ回転させて重い物を引き上げる装置)を用い、徐々に天に向かってそびえる御柱。
若衆は、直立する最後まで木にしがみつき、頂上では逆立ちの芸など見せ、大観衆の拍手喝采を浴びる。
春宮と秋宮の御柱もこうしてそれぞれの社殿の四隅に建てられ、翌日には春宮と秋宮の一之柱の前で御柱固めの神事が執り行われ2ヶ月にわたって繰り広げられた祭り絵巻きが終了する。

上記文章は「諏訪地方観光連絡協議会」作成のパンフより引用させて頂きました。